海外移住の税金とは、出国税(含み益に対する15.315%課税)・日本源泉所得への継続課税・移住先の税制の3層構造で発生する税負担の総称です。有価証券等1億円超を保有している場合、出国前に含み益に対して出国税が課税され、移住後もCRS(共通報告基準)により海外口座情報は日本の税務当局に自動報告されます。結論から言えば「移住=節税」は幻想であり、主要移住先5カ国の税制比較から出国税の計算方法、移住前後5年間の税務ロードマップまで、実務レベルで確認していきます。
海外移住で税金はいくら変わるのか|「移住≠節税」の現実と出国税の存在
海外移住と税金の関係は、出国税・日本源泉所得への継続課税・移住先の税制の3層構造で理解できます。「移住すれば節税できる」は2015年の出国税導入以降、成り立たなくなりました。移住を検討する段階から、最低3年間の計画的な準備が不可欠です。
「海外に移住すれば日本の税金から逃れられる」という認識は、2015年の出国税導入以降、完全に過去のものとなりました。現在の日本の税制では、移住を決意した瞬間から複数の課税が待ち構えています。
超富裕層が海外移住で直面する税金は、大きく3つの層に分かれます。
海外移住で発生する3層の課税
- 移住前:出国税(国外転出時課税)。含み益に対して15.315%(復興特別所得税を含む)
- 移住後も継続:日本源泉所得への課税。不動産賃貸収入は20.42%源泉徴収
- 移住先:現地国の所得税・住民税。国により0%〜最高45%超
外務省の「海外在留邦人数調査統計」(令和7年10月1日現在)によれば、海外在留邦人総数は129万8,170人に達し、うち永住者は58万8,486人を占めます。2019年の141万356人をピークにコロナ禍で減少が続いていましたが、2025年には前年比ほぼ横ばいまで回復しています。
| 年(10月1日時点) | 長期滞在者 | 永住者 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 2019年 | 891,473人 | 518,883人 | 1,410,356人 |
| 2020年 | 827,916人 | 529,808人 | 1,357,724人 |
| 2021年 | 807,238人 | 537,662人 | 1,344,900人 |
| 2022年 | 751,481人 | 557,034人 | 1,308,515人 |
| 2023年 | 718,838人 | 574,727人 | 1,293,565人 |
| 2024年 | 712,713人 | 580,384人 | 1,293,097人 |
| 2025年 | 709,684人 | 588,486人 | 1,298,170人 |
出典:外務省「海外在留邦人数調査統計」令和7年版(2025年10月1日現在)
注目すべきは、長期滞在者が2019年以降6年連続で減少する一方、永住者は一貫して増加を続けている点です。地域別では北米が全体の37.9%(49万1,701人)を占め、アジア26.8%(34万7,333人)、西欧16.6%(21万5,695人)と続きます。
出国税の対象者と税率・計算方法
出国税は2015年7月1日に導入された制度で、正式名称は「国外転出時課税制度」です。海外移住時に有価証券等の含み益に対して、実際に売却しなくても所得税が課税されます。
国税庁の公式資料によれば、対象となる条件は以下の通りです。
出国税の対象条件
- 有価証券等の評価額が1億円以上
- 出国日前10年以内に5年超日本に居住
税率は含み益に対して15.315%(所得税15%+復興特別所得税0.315%、住民税は非課税)です。具体的な計算例を見てみましょう。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 株式評価額(出国時) | 3億円 |
| 取得価額 | 1億円 |
| 含み益 | 2億円 |
| 出国税額(15.315%) | 約3,063万円 |
注意すべきは、この約3,063万円は株式を売却していなくても、出国日の翌年3月15日までに納付義務が発生する点です。
移住しても日本に払い続ける税金|源泉所得・住民税・相続税
海外移住後も、日本国内に源泉がある所得については課税が継続します。見落としがちなのが、以下の3つの継続課税です。
不動産賃貸収入:日本国内の不動産から得る賃貸収入は、非居住者であっても原則として20.42%が源泉徴収されます(自己の居住用として借りる個人が支払う場合は源泉徴収不要)。確定申告により税額調整は可能ですが、法人テナント等からの賃料収入については源泉徴収を回避できません。
住民税:1月1日時点で日本に住所がある場合、その年度の住民税は全額課税されます。例えば3月に出国しても、翌年6月までの住民税納付義務は継続します。
相続税:これが最も見落とされやすい項目です。相続人または被相続人のいずれかが、相続開始前10年以内に日本に居住していた場合、被相続人の全世界財産に対して日本の相続税が課税されます。
主要移住先の税制比較表|シンガポール・ドバイ・ポルトガル・タイ・マレーシア
超富裕層に人気の移住先5カ国について、税制面から比較します。単純に「税率が低い国」を選ぶのではなく、自身の資産構成・収入源・将来の相続計画に合った国を選定することが重要です。
| 国 | 所得税(最高税率) | キャピタルゲイン税 | 相続税 | 贈与税 |
|---|---|---|---|---|
| シンガポール | 24% | 0% | 0% | 0% |
| ドバイ(UAE) | 0% | 0% | 0% | 0% |
| ポルトガル | 48% | 28% | 0%(直系) | 0%(直系) |
| タイ | 35% | 0%(上場株式) | 10% | 5% |
| マレーシア | 30% | RPGT(不動産は保有年数で異なる) | 0% | 0% |
※上記は各国の主要税目の概要です。適用条件は資産の種類・保有期間・居住ステータスにより異なります。正確な税率は各国税務当局または現地税理士への確認が必要です
日本は主要移住先5カ国すべてと租税条約を締結しており、二重課税の調整が可能です。UAEとは2014年12月に租税条約が発効、シンガポール・タイ・マレーシア・ポルトガルとも締結済みです。
シンガポール移住の税金|所得税最高24%、キャピタルゲイン非課税
シンガポールは超富裕層に最も人気のある移住先です。個人所得税は累進税率で、最高税率は24%(2024賦課年度以降、年間所得100万SGD超の部分に適用)ですが、キャピタルゲイン税・相続税・贈与税がすべて0%という点が最大の魅力です。
居住者として認定されるには、原則として年間183日以上シンガポールに滞在する必要があります。ビザ取得方法としては、以下が一般的です。
- グローバルインベスタープログラム(GIP):事業投資(Option A)で最低1,000万SGD(約11億円)、ファンド投資(Option B)で最低2,500万SGD、ファミリーオフィス設立(Option C)でAUM最低2億SGDが条件
- エンプロイメントパス:シンガポール法人の役員就任による取得
法人との組み合わせスキームとして、シンガポールで持株会社を設立し、配当・キャピタルゲインを個人ではなく法人で受け取る方法があります。シンガポールの法人税は17%ですが、一定条件下で配当への追加課税はありません。
ドバイ(UAE)移住の税金|所得税ゼロの実態と注意点
ドバイは個人所得税が0%という世界でも稀有な税制を持ちます。キャピタルゲイン税・相続税・贈与税もすべて0%です。
ただし、2023年6月1日以降に開始する事業年度から法人税9%が導入されました。年間課税所得37.5万AED(約1,500万円)超の法人に適用されます。個人の投資収入は引き続き非課税ですが、事業収入を法人経由で得ている場合は法人税の対象となります。
ゴールデンビザ(10年有効)の取得条件の目安は以下の通りです。
| カテゴリ | 最低投資額の目安 | ビザ有効期間 |
|---|---|---|
| 不動産投資 | 200万AED〜(約8,000万円〜) | 10年 |
| 専門家・起業家・投資家 | カテゴリにより異なる | 5〜10年 |
※上記はカテゴリ別の目安です。正式な条件はUAE政府機関への確認が必要です
ポルトガル・タイ・マレーシアの税制特徴
ポルトガル:NHR(非常住居住者)制度は2023年末に新規申請の受付終了が発表され、2024年以降の新規申請者には適用されなくなりました。後継制度として「IFICI」(科学研究・イノベーション向け税制優遇)が導入されていますが、対象者が限定的で従来のNHRとは性質が異なります。NHR未適用の新規居住者には通常税率(最高48%)が適用されます。ただし、直系親族間の相続・贈与は引き続き非課税です。
タイ:LTR(長期居住者)ビザ保有者は、タイ国外で得た所得についてタイ国内に送金しなければ非課税となります。ただし、2024年の税制改正により、海外所得の課税範囲が拡大される方向で議論が進んでいます。LTRビザの取得には富裕層向けカテゴリで相応の資産証明が必要です。
マレーシア:MM2H(マレーシア・マイ・セカンド・ホーム)プログラムは、2021年以降に条件が厳格化されています。最低預金額や月額収入証明の要件が大幅に引き上げられました。株式のキャピタルゲインは原則非課税ですが、不動産については保有年数に応じたRPGT(不動産利得税)が課されます。
海外移住の出国税|対象判定から納税猶予・免除までの全プロセス
出国税は「対象かどうか」の判定から始まり、「いつ・いくら・どう払うか」までの実務対応が必要です。ここでは対象判定のフローから納税猶予制度の活用まで、ステップごとに確認します。
対象資産の範囲と含み益の計算方法
出国税の対象となる資産は「有価証券等」と総称されますが、具体的には以下が含まれます。
- 上場株式・非上場株式
- 投資信託・ETF
- 信用取引の建玉
- デリバティブ取引の未決済ポジション
- 匿名組合出資持分
不動産・現金・預金・保険は対象外です。暗号資産(仮想通貨)も2025年時点では対象外とされています。
含み益の計算で問題となるのが「取得価額が不明な場合」です。相続や贈与で取得した株式、何十年も前に購入した株式などは取得価額の証明が困難なケースがあります。
この場合、「5%ルール」が適用されます。取得価額を売却価額の5%とみなすため、評価額1億円の株式なら取得価額は500万円とみなされ、含み益9,500万円×15.315%=約1,455万円の出国税が発生します。
NISA口座については、出国により非居住者となった時点でNISA口座自体が廃止されます。NISA口座内の有価証券も出国税の対象資産に含まれるかどうかは税務署への事前確認を推奨します。iDeCo資産は運用中であれば対象外ですが、受給開始後は年金所得として日本での課税対象となります。
納税猶予の手続きステップ|担保提供から届出まで
出国税には「納税猶予制度」があり、原則5年間(届出により最長10年間に延長可能)、納税を先送りできます。さらに、5年以内に帰国した場合は課税自体が取り消されます。
納税猶予の手続きステップ
STEP1:確定申告時に届出書を提出
出国年の確定申告(翌年3月15日まで)に「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例に係る納税猶予の届出書」を添付します。
STEP2:担保の提供
猶予税額に相当する担保を税務署に提供します。対象となる担保は以下の通りです。
- 有価証券(国債・上場株式等)
- 不動産
- 銀行等の保証
STEP3:継続届出書の毎年提出
納税猶予期間中は、各年の12月31日時点で所有している対象資産について、翌年3月15日までに「継続適用届出書」を納税管理人を通じて提出する義務があります。提出を怠ると猶予が取り消され、直ちに全額納付となります。
出国税を軽減する合法的スキーム
出国税を完全に回避することは困難ですが、合法的に税負担を軽減する方法はあります。以下は実務で用いられる主なスキームです。
移住前の段階的売却と損益通算:出国予定の3〜5年前から、含み損のある銘柄と含み益のある銘柄を組み合わせて売却し、損益通算により課税所得を圧縮します。国内居住中の売却であれば、住民税を含めた約20%の税率ですが、損益通算により実効税率を下げられます。
配偶者・子への生前贈与活用:有価証券を配偶者や子に贈与することで、自身の保有額を1億円未満に抑える方法です。ただし、贈与税(最高55%)との比較検討が必要です。相続時精算課税制度の活用も選択肢となります。
法人への資産移転:個人保有の有価証券を資産管理会社に現物出資する方法です。この場合、出資時点での時価評価により所得税が発生しますが、その後の法人名義資産は出国税の対象外となります。ただし、同族会社への譲渡は「行為計算の否認」リスクがあり、税理士との事前協議が必須です。
CRS(共通報告基準)の実務影響|海外口座情報は日本に自動報告される
CRS(Common Reporting Standard)は、OECD主導で2016〜2017年にかけて各国で順次開始された金融口座情報の自動交換制度です(日本は2018年9月から初回交換を実施)。OECDの公表資料によれば、約120〜130の国・地域が情報交換にコミットしており、「海外に資産を移せば見つからない」という考えは完全に過去のものとなりました。
CRSで報告される情報の具体的内容
CRSで交換される情報は、想像以上に詳細です。以下が報告対象となります。
- 口座名義人情報:氏名、住所、生年月日、納税者番号
- 口座残高:年末時点の残高(複数通貨の場合は各通貨で報告)
- 利子・配当収入:年間の受取額
- 売却収入:有価証券等の売却による総収入
報告タイミングは毎年9月で、前年末時点の情報が交換されます。例えば、シンガポールの銀行で2024年12月31日時点の口座残高は、2025年9月に日本の国税庁に報告されます。
CRS参加国・非参加国リストと実務上の影響
主要な参加国は以下の通りです。
| 区分 | 主な国・地域 |
|---|---|
| CRS参加国(日本と交換あり) | シンガポール、香港、スイス、UAE、英国、ドイツ、フランス、オーストラリア等 |
| CRS非参加(米国はFATCA) | 米国(別制度FATCAで情報交換) |
| CRS非参加国 | 一部中東・アフリカ諸国、カンボジア等 |
米国はCRSに参加していませんが、FATCA(外国口座税務コンプライアンス法)により米国から日本への情報提供が行われています。つまり、先進国の金融機関に口座を持つ限り、情報が日本に伝わる仕組みはほぼ完成しています。
非参加国に口座を持つことで情報交換を回避しようとする考えもありますが、これには大きなリスクがあります。金融サービスの質が低い、国際送金の制限がある、将来的にCRS参加国となった場合の遡及報告リスクなどです。
移住前〜移住後5年の税務ロードマップ|時系列で見る必要手続きと費用
海外移住の税務対策は、移住日だけでなく、その前後5年間のスパンで計画する必要があります。以下に時系列のロードマップを示します。
移住3年前〜1年前|資産整理と出国税対策
この期間が税負担を最小化するための最重要フェーズです。
| 時期 | 実施事項 | 費用目安 |
|---|---|---|
| 3年前 | 資産棚卸し・含み益の把握 | 税理士費用50万〜100万円 |
| 2〜3年前 | 段階的な損益通算・売却実行 | 売却益に応じた税金 |
| 1〜2年前 | 生前贈与・法人化の検討 | 弁護士・税理士費用100万〜300万円 |
| 1年前 | 納税管理人の選定準備 | 年間報酬30万〜50万円 |
※上記はカテゴリ別の目安です。正式な費用は各専門家への問い合わせが必要です
資産規模5億円以上の場合は、ファミリーオフィスの設立も検討対象となります。税務・法務・資産運用を一元管理する体制を構築することで、移住前後の複雑な手続きをスムーズに進められます。
移住1年前〜出国日|届出・申告・手続きの集中期
出国日の前後は手続きが集中します。漏れがないよう、以下をチェックリストとして活用してください。
出国前後の必須手続き
出国前
- 市区町村への転出届(出国14日前から届出可能)
- 金融機関への非居住者届出
- 納税管理人の届出(税務署)
- 在留届の提出準備(外務省オンラインで届出)
出国年の翌年3月15日まで
- 確定申告(出国日までの所得)
- 出国税の申告(対象者のみ)
- 納税猶予の届出(希望者のみ)
金融機関への非居住者届出を怠ると、口座が凍結されるケースがあります。特に証券口座は、非居住者への対応が金融機関により異なるため、事前確認が必須です。
移住後1年〜5年|継続的な申告義務と注意点
移住後も日本での税務申告が必要なケースがあります。
- 日本国内不動産の賃貸収入:毎年確定申告が必要
- 納税猶予中の継続届出書:翌年3月15日までに提出
- 日本株式の配当:源泉徴収されるため申告不要だが、還付を受けるには申告が必要
5年以内に帰国した場合、出国税は取り消され、納税猶予で提供した担保も返還されます。ただし、この「5年」は出国日から起算されるため、5年1日目に帰国しても取り消し対象外となる点に注意が必要です。
海外移住の税務に関するQ&A
海外移住と税金に関する主要な疑問は「出国税の対象判定」「移住後の日本での課税継続」「CRSによる情報共有」の3点に集約されます。
Q1:出国税は海外移住者全員が対象ですか?
A:いいえ。有価証券等の評価額が1億円以上、かつ出国前10年以内に5年超日本に居住していた方のみが対象です。不動産や現金・預金は対象外です。
Q2:シンガポールに移住すれば日本の相続税はかかりませんか?
A:相続人または被相続人が相続開始前10年以内に日本に居住していた場合、全世界財産に日本の相続税が課税されます。相続税回避には、相続人も含めた長期的な居住地設計が必要です。
Q3:海外の銀行口座情報は日本の税務署に把握されますか?
A:はい。CRS参加国(シンガポール・香港・スイス・UAE等)の金融機関口座情報は、毎年9月に日本の国税庁へ自動報告されます。米国はFATCAにより別途情報交換されます。
Q4:出国税を払わずに移住する方法はありますか?
A:納税猶予制度を活用すれば原則5年間(届出により最長10年間)納税を先送りでき、5年以内に帰国すれば課税が取り消されます。ただし、担保提供と毎年の届出書提出が条件です。永続的な免除ではありません。
Q5:移住先でいくらから課税されますか?
A:国により異なります。ドバイは個人所得税0%、シンガポールは最高24%(年間所得100万SGD超の部分)、ポルトガルは最高48%です。キャピタルゲイン税・相続税の有無も国ごとに異なるため、資産構成に応じた国選びが重要です。
Q6:移住準備はいつから始めるべきですか?
A:最低3年前からの準備を推奨します。出国税対策としての段階的売却・贈与、納税管理人の選定、現地ビザの取得手続きなど、準備期間が短いと選択肢が狭まります。
Q7:暗号資産(仮想通貨)は出国税の対象ですか?
A:2025年時点では、暗号資産は出国税の対象外です。ただし、移住先での課税ルールは国により異なり、日本帰国後に売却した場合は日本での課税対象となります。